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2009 02,21 16:00 |
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日本の経済政策、その方向感覚を問う 一刻も速く経済認識を現状に適合させよ サブプライム後の世界金融危機は、日本経済にも大きな打撃を及ぼしつつあります。これに対して、政府は2008年8月以降、3回の経済対策を決定してきました。それぞれの対策の基本認識と主な内容については図1を見てください。 こうした一連の政策に対する私の評価は、残念ながらあまり高いとは言えません。その最大の理由は方向感覚のずれにあります。 図1 8月以降の経済対策 興味のある方は、"つづきはこちらです"をクリック!
■3つのステージに分けて問題の本質を考える なぜ、方向感覚がずれてしまったのでしょうか。その理由は、リーマンショック前後の日本経済を3つのステージに分けて考えてみると分かります。 第1ステージは、リーマンショック以前です。振り返ってみると、昨年8月頃まで日本経済にとって最大の問題だったのは、石油、食料品価格の上昇で生活者が苦しんでいることでした。8月の「安心実現のための緊急総合対策」はこうした中で決定されたものです。 第2ステージは、10月から12月にかけての時期です。この頃は、リーマンショックで日本経済に相当の影響が及んでくるだろうということは分かっていたのですが、まだその実態は不明でした。10月の「生活対策」、12月の「生活防衛のための緊急対策」はこの時期に決まったものです。 第3ステージは、今年に入ってからで、経済統計が明らかになるにつれて、日本経済が想像以上に大打撃を受けていたことが分かってきた時期です(詳しくは、本コラム「猛烈に落ち込む日本経済」を参照してください)。2月16日には10-12月のGDP(国内総生産)統計が公表され、前期比マイナス3.3%、年率にすると実にマイナス12.7%という歴史的な落ち込みとなっていたことが分かりました。 要するに、第3ステージになって分かったことは、リーマンショックを機に日本経済は、次元が違うと言っていいほど全く様相を変えてしまったということです。
定額給付金が最初に提案されたのは、昨年8月の「安心実現のための緊急総合対策」でした。この時は「特別減税」と「臨時福祉特別給付金」を実施するというものでした。ではなぜ「減税」だったのでしょうか。 対策の本文を見ると、「物価高、原油高の経済環境の変化に対応するため」特別減税を実施すると書いてあります。つまりこれは生活対策だったのです。さらに、この対策には、ご丁寧にも「有効需要創出のための財政出動はしない」と書いてあります。この減税措置は景気対策ではないと宣言しているのです。 確かに当時は、石油価格の上昇によってガソリン、灯油価格が上昇し、これが消費者の不満の種になっていました。値上げに苦しんでいる家計を少しでも助けるために特別減税を行い、減税の対象とならない高齢層に対しては特別給付金を配ることにしたのも分からないではありません。
この考え方は、麻生内閣が決定した、10月の「生活対策」にほぼそのまま引き継がれていきます。この対策では、第1の重点分野として「生活者の暮らしの安心」を挙げており、その中の「家計緊急支援対策」として、生活支援定額給付金が登場しています。 これは、8月の段階で決定していた特別減税、福祉特別給付金をより迅速に実現するため、全家庭に給付金を配布することにしたのです。ここでも「一過性の需要創出は行わない」と明記されていますから、これが景気対策のつもりではなかったことは明らかです。 ところが、12月の「生活防衛のための緊急対策」になると、問題意識は景気へとシフトして行きます。具体的には、基本的な考え方として「今年度からの3年間のうちに景気回復を最優先で実現する」となっています。 私の整理に基づいて考えると、政策が第1ステージ型から第2ステージ型に変わったのだということになります。ここに至って、定額給付金も景気回復の手段だという位置づけに変わっていくのです。 こうして政策目的が入れ替わったのだと考えれば、しばしば話題になった麻生総理の発言のぶれも納得できます。つまり、生活対策として給付金を配るのであれば、高所得者がこれを受け取るのは確かに「さもしい」気がするのも無理はありません。一方、景気対策として配るのであれば「全員が受け取って積極的に使ってほしい」と考えるのが自然です。
定額給付金のもう1つの問題は、景気刺激効果があまり期待できないことです。せっかく給付金をもらっても、家計がそれを使わないと、消費は増えませんから、景気刺激にはなりません。特に最近のように将来への不安感が強いような時は、家計はお金を貯めこんでしまって消費に回さないでしょう。 では、給付金を配ると、どの程度が消費に回り、どの程度が貯蓄されるのでしょうか。この点を検証するにはいくつかの方法がありますが、ここでは2つの方法を紹介しましょう。 1つは、計量モデルを使うことです。 計量モデルというのは、経済を構成する諸変数相互の関係を数式体系で表したもので、これを使うと経済的な実験を行うことが可能になります。減税の効果を知りたいのであれば、まず減税をした時の経済の姿をモデルで描き出し、次に、減税をしない場合の経済の姿を同じように描き出します。この2つの姿の差が減税の効果だと考えるわけです。 内閣府の経済社会総合研究所が作った計量モデルの計算結果によると、名目GDPの1%分の減税を実施したとすると、実施しなかった場合に比べて名目GDPは0.26%増えるとされています。 減税で増えるGDPの多くは消費だと考えると、減税分の75%程度は貯蓄に回ってしまうという結果になります。 2つ目は、実際にアンケート調査で「給付金をもらったらどう使うか」を聞いてみることです。ちょうど2009年1月29日付の日本経済新聞がネット調査で、定額給付金をもらったらどのように使うかを調査した結果を報じていますので、これを見てみましょう。
このアンケートによると、「旅行・レジャー、買い物など」の不要不急の消費が31%、「日々の生活費の補てん」が27%、「貯蓄・ローンの返済など」が29%、「わからない」が12%などとなっています。これを単純に見ると、今回は貯蓄に回る分が約30%ですから、定額給付金も結構効果があるように見えます。 しかし、よく考えてみれば、「日々の生活費の補てん」という部分は、もともと使うはずの分に定額給付金を充てるというものですから、本人は意識していなくても結果的には、その分、貯蓄を増やすことになりそうです。 間違いなく消費を増やすのは「不要不急の消費」に充てた場合でしょうから、それは31%に過ぎません。するとやはり、70%近くは貯蓄に回るということになりそうです。 なお、給付金を配る場合に、いくつかの自治体では、これをキャッシュではなく、地域限定の商品券で配ることにするようです。このニュースを報じていたNHKの女性アナウンサーは「確かに、商品券で配った方が消費刺激効果はありますよね」とコメントしていましたが、必ずしもそうとは言えません。 商品券でも、それを日々の生活費の補てんに使ってしまったら、もともと使われるはずのキャッシュが商品券に置き換わるだけですので、結局商品券が貯蓄されたことになるのです。 給付金は確実に所得を増やすのですから、生活をその分だけ助けることは間違いありません。したがって、生活対策として配るというのであればまだ分かります。しかし、それを景気対策に代用した場合には、あまり効率の良いお金の使い方だとは言えません。 それだけの財源があるのでしたら、雇用対策などもっと緊急を要する面に使うべきだという意見はもっともだと思われます。
定額給付金を例に私が言いたかったのは、経済情勢が変わったのに政策の中身を変えず、生活支援のための政策を景気対策に代用しようとしたため、効率の悪い政策を行うことになってしまったということです。これが、経済政策の方向感覚がずれているという意味です。 ところが定額給付金の陰に隠れて目立ちませんでしたが、政策の中には方向感覚を喪失してしまったかのような、もっとひどい例があるのです。 1つは、昨年10月と12月の対策に盛り込まれた雇用保険料の引き下げです。労使折半の保険料を2009年度に限り、1.2%から0.8%に下げるというもので、既に本年1月に雇用保険法改正案が提出されています。これは、雇用保険の積立金が潤沢だという前提で、保険料を下げれば家計も助かるし、企業の賃上げ原資にもなるという狙いだったと思われます。 しかし、現在経済は急激な落ち込みを示しており、今後雇用情勢が悪化することは確実なので、失業給付は大幅に増えることになるでしょう。そんな時に、雇用のセーフティーネットのための貴重な財源を、全企業、勤労者にばらまいてしまうというのは、私には全く信じられない政策に思われます。 2つ目は、高速道路料金の引き下げです。これは昨年8月の対策に盛り込まれたものが、今年1月の補正予算で実現することになったものです。そのための財源は約5000億円です。8月の段階では、ガソリン価格上昇に苦しむドライバーの負担軽減という一応の意味があったのかもしれませんが、その後石油価格は大幅に下がったのですから、今となってはほとんど意味がないと思います。 観光の振興を通じて景気対策になるという説明もあるようですが、これによって観光が増えるとは思われません。単に輸送手段が鉄道から自動車に振り替わるだけでしょう。その場合は、温暖化ガス削減という面ではマイナスにしかなりません。
3つ目は、企業への賃金引き上げ要請です。これは昨年8月と10月の対策に含まれていたもので、12月に総理が財界首脳に賃金引き上げを求めるという形で実行されました。これも当初は、賃金が上がれば、消費の拡大を通じて景気にプラスになるという意味があったかもしれません。 しかし、今となっては、雇用機会を守ることが最優先の課題となっています。そんな時に企業に賃金の引き上げを求めたら、賃金コストが上昇し、雇用情勢の悪化に拍車をかけることになってしまうでしょう。 経済政策は、経済の実態を正しく認識し、その認識に合わせて政策手段を取捨選択していくという方向感覚が求められます。 本論で述べてきたように、昨年8月以降の経済対策は、ほとんど方向感覚を失って迷走していたように思われます。経済実態は日々厳しさを増しているのですから、経済政策は一刻も早く方向感覚を取り戻してほしいと思います。そのためには、経済認識をできるだけ速く現状に適合させ、政策を本当に必要な分野に絞り込むことが必要です。 現在、われわれが直面している最大の経済的課題は、世界的な金融危機という外的ショックによって大きく需要が落ち込み、それによって生産が縮小して、雇用が危機に瀕していることです。もちろん、落ち込んだ需要を政策的に取り戻せればそれに越したことはないのですが、世界的な需要の減退を国内の政策ですべてカバーすることはできないでしょう。 また、需要を刺激しても、それが生産の拡大となり、さらに雇用を増やすまでにはいくつものハードルを越える必要があります。むしろ、直接雇用に働きかけることによって雇用不安をなくしていく方が政策的な効率性は高いと思われます。 PR |
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