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2008 07,07 17:00 |
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Nikkei Business oline 2008年7月7日 月曜日 牧野 洋 赤字であるのに黒字であると見せかけて投資家をだまし、損害を与えた――。 東京地方裁判所は6月中旬、有価証券報告書の虚偽記載によって投資家に損害を与えたとして、ライブドアホールディングス(旧ライブドア)に対して、日本生命保険と信託銀行5行に95億円を賠償するよう命じた。 これは画期的な出来事である。賠償請求額108億円に対してその9割近い95億円が実際の損害と認められたからではない。信じにくいことだが、日本ではこれまで投資家は「だまされても救われない」環境に置かれていたからだ。欧米では「だまされたら救われる」が常識。つまり、その分だけ日本株への投資リスクは欧米諸国よりも高かったのだ。 興味のある方は、"つづきはこちらです"をクリック!
■1997年の破綻事件では、株主敗訴 「だまされても救われない」代表例を1つ紹介しておこう。 そもそも粉飾決算など不正な情報開示を争点にして企業が投資家から訴えられることはめったになかった日本だが、1997年に破綻した山一証券の粉飾事件では例外的に訴訟が起きた。簿外債務の存在を知らずに、破綻直前まで山一株を持ち続けた従業員株主が原告となって損害賠償訴訟を起こした。だが、最終的に株主側が敗訴した。 破綻直前まで経営陣の言葉を信じて自社株を持ち続けたのだから、山一の株主は救済されるべきだった。例えば、不当表示にだまされて欠陥商品を買わされた消費者は、当然のように業者に賠償してもらうだろう。これに異を唱える人はいないはずだ。ところが、株式市場では非常識がまかり通り、山一の株主は欠陥商品(破綻状態にある企業の株式)を買わされたにもかかわらず、司法の場でも救われなかったのだ。 その意味でライブドアに対する東京地裁の判断は画期的だ。とはいえ、日本が欧米並みに「だまされたら救われる」環境を整えたのかと問われれば、答えはノーだ。
それを象徴しているのが95億円という賠償額だ。世界の常識と照らし合わせればスズメの涙だ。なにしろ、ライブドア株を買った投資家は全体として約6000億円の損害を被っているのだ。日生と信託5行による訴訟以外にも、3000人以上の個人株主が原告となっている「ライブドア株主被害弁護団」など、ライブドアは同様の訴訟を多数抱えている。これらの訴訟で請求額通りにすべて満額の賠償金が認められても、1000億円に遠く及ばない。 ライブドアへの判決に先立って、東京地裁は西武鉄道に対しても同様の判決を下した。有価証券の虚偽記載で投資家を欺いたとして、西武に対して個人投資家176人に2億3000万円払うよう命じた。同様に西武を訴えていた信託銀行4行の主張(賠償請求額約120億円)は認めなかった。投資家全体で損害額は2700億円前後に達していたことを考えると、ライブドア以上にスズメの涙である。 なぜなのか説明する前に、どのように損害額を推定するのか説明しておこう。
損害額の推定規定は、2004年12月に施行された改正証券取引法(現在の金融商品取引法 )に盛り込まれた。これによって、虚偽記載の公表前1カ月間の平均株価(株式時価総額でも同じ)から公表後1カ月間の平均株価を差し引いた部分が、損害額と見なせるようになった。 ライブドアの場合、東京地検の強制捜査があった数日後の2006年1月18日が「公表日」。これを境にライブドア株は急落。筆者が過去のデータを集めて計算したところ、公表前1カ月間の平均時価総額は約7400億円だったのに、公表後1カ月間は約1400億円。差額は約6000億円で、これが投資家全体の損害額になる。 西武の虚偽記載事件は、改正証取法の施行前だったことから、推定規定は適用できない。それでも参考のために計算してみると、虚偽記載の発覚前1カ月間の平均時価総額は約5000億円、発覚後1カ月間は約2300億円。差額の約2700億円が投資家全体の損害額だ。 実際の賠償金が損害額の推定額よりもケタ違いに小さい原因は、クラスアクション(集団訴訟)制度の欠如である。クラスアクション制度があれば、一部の投資家が勝訴すると、同じ立場にある投資家全員が集団として同じように賠償金を勝ち取れる。
ちなみに、このコラムの第3回目「独立守っても安心できないヤフー」でも触れたように、「株主訴訟」というと日本では自動的に「株主代表訴訟」が連想されるが、米国で圧倒的に注目を集めるのは投資家による損害賠償訴訟であり、この訴訟はクラスアクションへ発展することが多い。「デリバティブ訴訟」と呼ばれる株主代表訴訟は、クラスアクションと比べ賠償金も少なく、米国ではあまり話題にならない。 巨額の不正会計で破綻したエンロン、ワールドコムでは、投資家による大型のクラスアクションが多発した。最終的に投資家への賠償総額はそれぞれ7000億円以上、6000億円以上に達した。クラスアクション制度がなければ、賠償総額はこれよりもケタ違いに小さかったはずだ。 クラスアクション制度がない日本では、個々の投資家が自主的に訴訟を起こさなければならない。言い換えれば、訴訟を起こした投資家に対してしか賠償金は払われず、大半の投資家は今まで同様に泣き寝入りというわけだ。もちろん訴訟を起こせばいいのだが、弁護士を自分で雇わなければならないなどハードルは高い。
クラスアクション制度の欠如以外にも、「だまされても救われない」投資家を多数生み出す要因がある。それを説明する格好の材料がある。1989年にソニーが実行した米コロンビア映画社(現ソニー・ピクチャーズエンタテインメント)の買収だ。 買収交渉中、ソニーは買収否定の声明を出し、投資家からクラスアクションを起こされた。訴えの根拠は「否定声明によってソニー株が下落し、その株価で売却を強いられて損害を受けた」というものだ。これが現在の日本で起きた話だとすると、二重の意味で投資家は救われない。 第1に、現在の金商法では、「投資家をだます行為」は有価証券報告書など法定開示書類での虚偽記載に限られている。言い換えれば、記者会見で社長がウソをついて、株価下落を招いて投資家に損害を負わせても、罪に問われない。ソニーの買収否定声明は法定開示書類ではなかった。 第2に、金商法ではライブドア事件のように「高値買いによる損害」が救済の対象になっており、「安値売りによる損害」は想定外だ。ソニーに対するクラスアクションは「安値売りによる損害」を争点にしている。「良いニュースを隠す」は「悪いニュースを隠す」と同様に投資家を欺く行為なのだが、金商法ではそうなっていない。
このように投資家救済の面ではなお問題が残る金商法だが、2004年12月の改正証取法施行以前と比べればマシである。「だまされたら救われる」という規定さえなく、日本の株式市場は投資家にとっては暗黒大陸のような世界だった。カネボウを筆頭に多数の粉飾事件があったものの、投資家はだれ一人として救済されていないのだ。 日本では「米国のように訴訟社会になったら経営が委縮する」「巨額のクラスアクションは米国の病」と指摘する経営者は多い。だが、視点を変えれば「経営者には厳しいが、投資家には優しい社会」だ。そもそも、経営者が「ウソをついても実害はない」状況に安住しているとしたら本末転倒だ。経営の規律が緩み、隠蔽体質がなくならない。 米著名投資家のウォーレン・バフェット氏は「悪い情報こそ真っ先に報告する」経営者を高く評価する。こんな経営を促すのならば、ライブドアに対する東京地裁の判断は悪い話ではない。賠償金はスズメの涙でも、一歩前進であることには変わりはないのだ。 PR |
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