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2008 04,05 18:00 |
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DIAMOND online 2008年04月04日 永沢徹(弁護士) ――「村上判決」後の現実 東証一部に上場している大手アパレル会社の社長が、インサイダー疑惑で証券取引等監視委員会から調査を受けていることが一部報道で明らかになった。その人物は、Pinky&Dianne や P'EARY GATES といったブランドで有名な<3605>サンエー・インターナショナル社長の三宅正彦氏。三宅氏は2006年4月、自身が保有する自社株数千株を売却し、数百万円の利益を得たとされ、当時同社には新株発行による公募増資の計画があり、それが発表される前に、株価下落を見越して売り抜けたのではないか――というインサイダー取引の疑惑がかけられている。 興味のある方は、"つづきはこちらです"をクリック!
近年、われわれ弁護士のもとには、各企業から、自社株の売買や役員の株取引などに関して「いま行なっても大丈夫かどうか、意見書を出して欲しい」という要望が寄せられることが多い。そういう意味では、インサイダー取引の範囲がわかりにくく、専門の弁護士の見解が必要だということだろう。 その理由の1つとして、2007年の7月の「村上判決」がある。村上判決では、インサイダー取引の適用範囲が、合併やTOBなどの重要事実の決定について「実現可能性が高いことが必要ではない」ということが示されている。つまり、「可能性が全くない場合」にはインサイダー対象外となるが、「可能性が少しでもある場合」にはインサイダー対象となってしまうということだ。村上判決の例でいえば、「ライブドアが取締役会でニッポン放送株の大量取得を決議した(もしくは決議する可能性が高い)」という状況が必ずしも必要ではなく、「堀江社長や幹部が宴席で大量取得をほのめかした」程度でもいい、ということにされているのである。 そもそも、どの企業においても多くの業務は常に「可能性」で動いていることが多い。しかし、村上判決のロジックに従えば、少しでも可能性がある事実を知ったうえで取引をした場合、それが結果的に重要事実に該当したとなると、かなりの部分がインサイダーに該当するとして、取引が禁じられてしまう可能性が高い。 コマツが昨年3月にインサイダー取引として課徴金を4378万円払わされたという事件があるが、ある意味これは気の毒な事件である。2005年7月、コマツは自社株買いを行なったが、その期間中にオランダの子会社の解散を発表した。コマツとしては休眠会社を解散しただけなので、株価に影響を与えるものではないと思い込んでいたという。本来、子会社の解散には、「軽微基準(適用除外事由)」(※重要事実の中でも、投資家に与える影響が軽微なものとしてインサイダー取引の規制対象とはならない)は適用されないとされており、コマツのこの一件は形式的にインサイダー取引に該当するとなってしまった訳である。 このように、インサイダーとして禁じられる範囲が、今まで考えていたものよりも拡がっているのではないかと思われる。つまり、「実現可能性が高いことが必要ではない」として「可能性」で拡がってしまっているのだ。また内容的にも、一見すると株価に影響のなさそうな行為(コマツの例でいうと休眠会社を解散すること)であっても、インサイダーに該当してしまうということになる。そうなると、自社株の売買はもちろん、特に役員個人の株取引に関しては、相当注意しなければならない。
そういう意味では、サンエー・インターナショナルが発表しているIRコメントは、若干慎重さを欠いていると思われる。そのコメントでは、 『三宅社長が2006年4月に行なった株式売却は、増資案の検討の初期段階になされたもので、重要事実が決定される以前のもの。株式売却後、インサイダー取引の疑いを持たれるおそれや、緊急に増資を行なう必要性もなかったことから、主幹事の野村證券と協議して、増資案の検討は一旦中止となった。しかしその後、再度野村證券から増資の話が持ち掛けられ、2006年7月に増資を決定した。その際、野村證券から「インサイダー取引には抵触せず、問題ない」ことを確認している』 としている。時系列的にスジを通しているつもりかもしれないが、しかし一般的には通りにくい話だろう。少なくとも村上判決による「実現可能性が高いことは必要ではない」ということからすれば、増資を検討して途中で止め、再びその3ヵ月後に増資を実施しているわけなので、真摯に検討がなされたことは間違いない。実際、野村證券に「インサイダー取引に該当するのはないか」と確認しているということは、やはり「同時に行なったら問題になるので、少し間をおいてから増資を行なえばいいだろう」という安易な判断があった可能性もうかがえる。 サンエー側は「主幹事の証券会社と協議してインサイダーには該当しないと確認した。何ら問題ないという正式な回答を得ている」というが、そもそも証券会社というのはインサイダー取引にあたるかどうかを判断する場所ではない。むしろ、増資を行なうことによって引受け手数料を得る立場である。その証券会社に「大丈夫でしょうか?」と確認し、「大丈夫ですよ」とやりとりしただけのことであって、それを自社の免責の道具として使うのは上場会社としてはいかがなものか。せめて顧問弁護士の意見書があって、そこで問題がないというコメントがあればよいのだが、報道されている限りではそれは見当たらない。 われわれ弁護士が意見書を書くとき一番重要なのは、全体事実がどういうことだったのかということである。つまり、どういう事実を前提としたときに、どういう結論が導かれるかということである。今回、野村證券が「問題ない」と正式回答したというのであるが、どういう質問に対してその回答が得られたのかが、まさに「問題」であって、結論だけをとって問題ないというのは不正確であることが多い。 今回の事件においては、最初に検討されていた増資案と実際に行なわれた増資は、資金の使途や規模も含めた前提が同じものだったのか、それとも全く別のものだったのか、によって大きく変わってくるのだ。にもかかわらず、証券会社から大丈夫だというお墨付きをもらったというだけではリスク回避としてはありえないだろう。重要事実の決定と自社株の売却というのがどういう関係で成り立っているのか、売却が行なわれた時点で現実的な決定がされていたのか、という事実が見えてこないと何ともいえないのである。 しかしやはり、村上判決で示された「可能性」の範囲からすれば、増資の可能性があり、それを検討中である時期に自社株を売却するということはやはり問題である。一般的には増資をすることによってダイリューション(希薄化)が生じるリスクがあり、実際に増資後のサンエー株の株価は大きく下がっている。
コマツや大塚家具のように、たまたま他の事情があって自社株買いをした後に株価が上がってしまったので課徴金を取られるというケースと違い、経営者がストックオプションをわざわざ行使して株を売却し、現金を得るという行為は本来あまりやるべきではない。さらには、増資計画があり、他の株主に新たに株を買ってもらおうとしている時に、その直前に社長自らが株を売っているという行為は、それがインサイダーに取引に当たるかどうかは別として、上場会社の社長としてするべき行為なのだろうか――とどうしてもしっくりこないものがある。 また、サンエー社自身も株式売却時に増資計画が実際にあったことを認めており、ただ決議がなされていなかっただけのことであるともいえる。村上判決の範囲が広すぎるという批判があるにしても、少なくても今の時点でリスクを鑑みれば、サンエー社の対応は非常におかしいのではないかと思う。 一点救いがあるとすれば、今回の売買時期は2006年の4月であり、これは村上判決が出る1年以上前であったこと。どの時点をもって重要事実の決定とみなされるのかというのがまだ固まっていなかった時期であるともいえる。その点に関しては同情すべき余地はあるかもしれない。しかし、村上判決後の現在、サンエー側が行なっている釈明は、釈明にはなっていないのではないかといわざるをえない。今回の事件は、上場会社のオーナー経営者にとって金額的にはたいしたことはなかったのかもしれないし、インサイダー取引をやろうと思ってやったのではないというのは理解できるが、そうであればなおのこと、もう少し慎重にやってほしかったというのが正直なところである。
村上判決後の現在、自社株買いや役員の株取引が非常にやりにくくなっているのが現状だ。現にわれわれが意見書を出すときには、「重要事実の公表前なので、インサイダー違反のリスクが高く、いまの時期はやめたほうがいい」ということを書く場面が多くある。近年は、買収防衛策の一環として自社株買いを進めている企業も多い。しかし結局、自社株買いの決定はしたけれども、インサイダーの問題があって全く買えなかったというケースもある。それぐらい自社株買いに関しては慎重にならなければならない状況なのである。 先述した通り、村上判決によるインサイダーの要件に関する批判は多い。適用範囲が広すぎるという意見があり、今後それが見直されていく可能性も十分ある。しかし、何度もいうように現時点の感覚からすれば、今回のケースは非常に問題である。会社が自社株買いをすることについては、会社の戦略として納得できる部分もあると思うが、今回の三宅社長の自社株売りは私利私欲といわれても仕方がない部分もある。それぐらい経営者には「株取引は非常に慎重に行なわなければならない」という宿命が課せられているのである。 PR |
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