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2011 08,14 12:00 |
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↑ 酒場人生覚え書きより拝借
本日から日本各地で「万灯供養」や「万灯会(え)」「万灯祭」
この度は東北での大震災を受け、多くの方々が亡くなりました。 京都で主なものは、
◆三千院 万灯会◆
天台宗開宗1200年慶讃法要として行われる三千院万灯会。
◆車折神社 万灯祭◆
万灯祭(まんとうさい)は全国の参拝者・崇敬者が奉納された三面からなる
◆東本願寺 東大谷万灯会◆
大谷祖廟は浄土真宗の宗祖親鸞聖人の墓所であり、
◆比叡山延暦寺 夜間特別拝観「法灯花(ほうとうか)」復興への祈り◆
本年はサブタイトルを「復興への祈り」とし、
◆壬生寺 万灯供養会(まんとうくようえ)◆
お盆期間の8月9日~16日に行われる万灯供養会。
◆高台寺 夜間特別拝観 燈明会◆
高台寺にゆかりの深い豊臣秀吉をしのび、重要文化財の「開山堂」をはじめとする ◆三千院 万灯会◆ 興味のある方は、"つづきはこちらです"をクリック!
◆難陀(なんだ)の聞法・・・・・・・・・・
その昔、お釈迦様が王舎城の近くで説法していた時のことです。
とっぷり陽が沈み、冷たい闇が辺り一面を覆い始めた。
初めてお釈迦さまのご説法を聞きに来た彼女は、
ようやく精舎にたどり着くと、あたたかな灯明が香気を放つようにきらめいている。
美しさに見とれていると、遠くにほのめく台座に仏陀がお出ましになった。
生まれついての貧乏暮らし。
"こんなにまでして、どうして生きなくてはならないの?"
「人はただ生まれ、生きているのではない。 「この法を求むる者、常に布施を心がけよ」
“……布施?
帰る道すがら、前を行く人の気配を頼りに彼女は、
翌朝、目覚めと同時に立ち上がり、たちまちねぐらを飛び出した難陀は、
食物を恵んでもらうためではない。
だがだれ一人として、彼女の言葉に耳を傾ける者はない。 だが難陀には、ひるむ心は毛頭起きなかった。
そしてついに、ある一軒の戸をたたいた時、
難陀は天にも昇る気持ちで、恭しく礼を告げると、足早に油屋へと向かう。
そっと店をのぞき込むと、いかつい風貌の店主が、油を器から器へ移し替えている。
難陀は伏し目がちに、
だが、ここであきらめることはできない。 店の土間に膝をつき、頭を下げたが、主人はまだ渋っている。
「どうにかならないでしょうか。 店の土間に膝をつき、頭を下げたが、主人はまだ渋っている。
「見てのとおり、うちも貧しい商いなんだ。
「無茶は承知です。
そこまで言って、ふと難陀は束ねた黒髪に手をやった。
「もし、この髪が足しになるのなら、今すぐ切って差し上げます。
なお懸命に頭を地面に擦りつけた。
「なぜ、そこまで熱心に油を求めるんだい?
難陀は顔を上げ、昨日、初めてお釈迦さまのご説法にあったこと、 じっと聞いていた油屋は、
「釈迦牟尼(しゃかむに)というお名前は私も聞いたことがあるよ。
と、手際よく油を容器に分け、捧げ持って彼女に手渡した。
心から店主に礼を述べ、恭しくその油を押し頂いて通りに飛び出した。
翌朝、精舎では、仏弟子の目連(もくれん)が灯火の後始末をしていた。 中に一つだけ、夜明けを迎えてもなお、明々と燃える灯明があった。 目連は道具で覆って消そうとするが、一向に消えない。 "これはどうしたことか" 不審を感じて、釈尊にお尋ねした。
「昨夜の灯火の中で一つだけ、 その時、釈尊はこう言われたという。
「それは難陀という女乞食が布施した灯火である。
布施の功徳は決して、量の大小によって決まるものではない。 「長者の万灯よりも貧者の一灯」 ・・・・・と、お釈迦さまは教えられています。 PR |
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