2024 11,23 05:49 |
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2011 05,01 08:00 |
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復興の願い、和歌に込め 城南宮で曲水の宴 平安貴族の衣装姿で歌人が和歌を詠む「曲水(きょくすい)の宴(うたげ)」が29日、京都市伏見区の城南宮であり、新緑の庭園で繰り広げられた優雅な催しに約1500人の参拝者が見入った。 酒杯が遣水(やりみず)を流れる間に和歌を詠んで楽しむ平安時代の宮中行事で、城南宮では毎年春と秋に平安の庭で行われている。 今年の歌題は、青々と育つ竹の姿を東日本大震災から復興する日本に見立て、1105年に清涼殿和歌管弦御会で歌題となった「竹不改色(たけいろをあらためず)」とした。 雅楽が流れる中、青紅葉が覆う庭園に公卿や女官の衣装をまとった7人の歌人が登場。遣水のほとりに座り、流れる酒杯を前に和歌を短冊にしたためた。 「大地震の 後たち上がる 人びとを 色保つ竹の 心と思ふ」など、できあがった和歌が高らかに詠み上げられ、参拝者が聞き入っていた。 城南宮「曲水の宴」 興味のある方は、"つづきはこちらです"をクリック!
4月29日は、京都 伏見の城南宮で 庭園を流れる川のほとりで、十二単のお姫様や、狩衣の公家たちが 木漏れ日もやわらかな平安の庭を、ゆるやかに曲がりながら流れる 色とりどりの狩衣(かりぎぬ)や小袿(こうちき)といった 琴の音が響く中、歌人はその日の題にちなんで和歌を詠み、 宴の間には白拍子の舞も静々と披露され、ゆったりと時間が流れる王朝の雅を ■平安貴族の歌遊び 曲水の宴(きょくすいのうたげ)は、平安時代の優雅な貴族の文化を 見事和歌を詠み終えた歌人たちは、目の前の杯をとり上げ、 この行事は、城南宮のすぐ近くにあったという鳥羽離宮で、 会場となる楽水苑は鳥羽離宮の庭園の遺構で、 余談ですが、六条院は、太政大臣となって位を極めた光源氏が、 四季それぞれにあった庭と御殿を造って渡殿(渡り廊下)でつなぎ、 ■曲水の宴のはじまりは・・・ この優雅な遊びをはじめたのは4世紀頃、 王羲之は竹林に囲まれた風光明美な土地にある蘭亭に皆を集め、 この儀式が行なわれた春は、暖かくなって過ごし易くなると同時に しかし奈良時代の日本では禊の意味が次第に薄れはじめ、 日本書紀によると、顕宗元年(485年)には宮廷の儀式として行なわれており、 なお、この春の疫病よけの習慣は、貴族の間では穢れを ■凝ってるコト、あれこれ この曲水の宴で、酒を満たした杯をのせて流す台となっているのが 唐の詩人李白が「春夜宴二桃李園一序」で、 城南宮の曲水の宴では、実際に羽を重ねて水鳥の形にこしらえた羽觴に 苑内には源氏物語に登場する約100種類の植物が植えられていて、 PR |
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