2024 11,23 12:58 |
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2011 03,07 17:00 |
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一昨日のブログ記事で、 米国:フロリダ高速鉄道中止 日本、新幹線売り込み不発 まぁ~コレッ! 結構反響があって、 興味のある方は、"つづきはこちらです"をクリック!
中には在日特権を書いて来ているヤツもいてたが、 ワタシは日本国政府の採ってきたシステムと、 別に、そんなモノが日本人も可能であれば、誰でも使うだろう。 それに、在日特権を使用している割合を知っているのか??? 文句があるならせめて、それこそ移民の国である米国と同等にしろよ! ちなみに、米国では、 そして、米国に帰化申請する場合には5つの条件があります。 1つ目は、永住資格を取得後5年間居住すること。 2つ目は、道徳的人格を備えた者であること。 過去5年に遡って、殺人、薬物所持、ギャンブルによる違法収入、売春、 3つ目は、読み、書き、話し、聴くといった英語能力で、 4つ目は、国旗に敬意を払い、国歌を歌い、戦没者に追悼に意を捧げること これら4つがクリア出来て、最後に5つ目の忠誠宣言が行われます。 この宣言で、帰化申請をする外国人は、母国に対する忠誠を放棄し、 母国とアメリカが一戦を交えることがあっても、 こうした覚悟が無ければアメリカ人としての市民権つまり国籍は与えられない!
2600年も連綿と続く日本が、日本人としての生活習慣や文化、日本語の能力、 日本が今なすべきは、国籍取得のハードルをもっと高くして、 歴史と伝統を誇るこの素晴らしい日本を守るために外国人参政権付与法案と だからワタシは外国人参政権反対なのです。 そんな事も知らずにワタシにメールBOXからメールするなっ!
今回の件は、要は法律の知らない年老いたお婆ちゃんが、 勿論、金額の問題等々では無い事は、ワタシも重々理解しています。 でも、本音で孫に小遣いあげるのと、全く同じ感覚ですよねぇ~・・・・・ ワタシが危惧するのは、この法律です。 ※ 寄付は国民政治協会の銀行等口座への振り込みに限られます。
要は善意ある者はさらされるんですよねぇ~・・・・・ ・・・で、本当に「利権」を徹底的に追及する輩(やから)は、 ・・・で、その見返りにもっともっと多額の利益供与されるんです。
すると、もっと大声で笑えるのが 善意の寄付が少なくなればなるほど、 そういった意味では個人献金の道を閉ざしてしまった事になるのです。 ワタシは、今回の一連のマスコミの行動の裏の裏には、 PR |
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宇宙の成り立ち、古代文明の有様、外国の実情などを知る場合にも、我々は英語を使わなくてはならない。
外国人が我々日本人を理解する場合にも、英語を通して行われている。かな・漢字を通して理解されているわけではない。 だから、英語は、我々にとって単なる一外国語ではなく、とりわけ重要な国際語というにふさわしい情報交換の手段となっている。 英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。 完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。 英語環境がととのっていれば、そのうちに、英語も上達する。 我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。 それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしがなりたたない。 日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境がととのはないからである。 一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかく習った英語も錆ついてしまう。 日々の学習努力も賽の河原の石積みとなっている。 日本の学生のために英語環境を整えることが、語学力を増すことにつながると考えられる。 それには、英語を我が国の第二公用語にするのがよい。 国民も政治指導者も、英語の使用を日本人のあるべき姿と考えることが大切である。 国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。 日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しく行われている。 英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。 英語を実用の言語とする政治指導者のさきを見据えた努力が大切です。 たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。 英米人には、手先・目先の事柄に神経を集中する特技は得られないようである。かれ等は、生涯、歌詠みにはなれないでしょう。 日本人には、英語を使って考えることはきわめて難しい。しかし、これは不可能ではない。全員ではないが、知識人には為せばなる学習であると私は考えています。 わが国民の作る細工物は出来栄えが良い。なおその上、英米流の哲学にも良き理解を示す民族となれば、未来の日本人は鬼に金棒ということになるでしょう。 だから、英語を我が国の第二の公用語とすることには大きな意義があります。実現の暁には、我が国民のみならず、世界の人々に対しても大きな未来が開けることと考えられます。 一見我が国は教育大国を目指しているようであるが、大人の教育はない。つまり、子供が大人になるための教育はない。 我が国においては、教育といえば子供の教育のことを指している。目先・手先のことのみを述べる人は、子供のようである。 大人には考える教育が必要です。一人一人に哲学が必要です。 現実と非現実の間に区別を置くことなく語る人の内容には意味がない。だから、日本の知識人には価値がない。 「感情的にならず、理性的になれ」と国民に訴える指導者がいない。 「国民の感情に反する、、、、、」と言うのでは、主張の論拠にならないが、それのみを言う。 感性 (現実) あって理性 (非現実) なし。我が国は、一億総歌詠みの国にとどまっている。 大学生は入学しても、キャンパスで4年間遊んで過ごすことになる。 無哲学・能天気の大学生は、平和ボケ・太平の眠りの中にいる。 「入学を易しく、卒業を難しく」というような教育方針は現状を観察すれば空しい限りである。 日本人は、国連中心主義が好きなようだ。 国連の議場で世界の人々を説得するためには、自己の言葉が冴えわたる必要がある。 議論のできない人があえて国連中心主義を唱えるのは、自己の他力本願を表明するための手段ということになるのであろうか。 http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/ http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812 |
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