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2010 10,24 12:00 |
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金閣寺・清水寺と並ぶ京都の三大人気スポット、国宝・世界遺産の銀閣寺。 渋い「侘(わび)寂(さび)」の世界。 しかし、銀箔を貼っているワケでもないのに何故「銀」閣と呼ばれるのか・・・ この「銀」閣のなぞは・・・・・ 漆(うるし)+白土(はくど)+大量の明礬(みょうばん)+月光 = 「銀」閣 ──それは月光に輝く白亜の銀閣だったのです。 建物の壁に残された微かな文様や白い顔料。 知られざる銀閣の姿を求めて、時空を超えた旅が始まります! ワンダー×ワンダー「銀閣 幻の"月の御殿"」 再放送:NHK総合テレビ 2010年11月3日 祝・水曜日 午前11時~11時44分 ワンダー×ワンダー「銀閣 幻の"月の御殿"」 興味のある方は、"つづきはこちらです"をクリック!
◆なぜ「銀閣」なのか? 地味な木造の建物がなぜ銀閣と呼ばれたのでしょうか? 銀閣寺はもともと足利8代将軍・足利義政が山荘として建てたものです。 黒い板がむき出しの壁には、実は大量のミョウバンが混ぜ込んだ白土が塗り込まれ、さらに彩色が施されていた形跡が見つかりました。 ◆月と銀閣の驚くべき関係 「白亜の銀閣」を一層輝かしい存在にする一つの説があります。 最近の研究から、月を愛でるために 東山からのぼる月の出の方角を正確に計算して建物や池の石を配置、 月明かりに照らされて妖艶な輝きを放つ白亜の銀閣…。 そのクライマックスで目に映る光景とは・・・・・ ◆義政の二つの顔 京の町を焼き尽くした応仁の乱、 そして茶の湯や生け花など日本の伝統文化を生み出した「異能の将軍」。 無能と異能、2つの顔を持つ男。月を求め続けた将軍の、波乱の人生に迫ります。 ─…─…─…─ 銀閣をCGで再現すると、軒などに赤や緑の色が使われていて、
「陽」に対し「陰」、「表」に対し「裏」、
ちょうど秋の満月の頃、正面に月が見えるように 「銀閣」 は建てられていました。 銀閣は「月見のために建てられた」というものです。 最近の研究から、月を愛でるために凝らした様々な仕掛けが 夕刻6時ごろから『お月さま』のステージが開催されます。 1層(1階)では20分程度のお月見となります。 そして次は2層(2階)へと場所を移します。 そしてこんな仕掛けが! 粋な遊び心満載です♪ そこから階段を下り渡り廊下を歩いて別邸から眺めると、月と ほかにも色々と趣向を凝らした『粋な遊び心』があるのですが、
名著「日本の伝統」(岡本太郎・光文社知恵の森文庫・2005年)の中で、 銀閣寺の銀沙灘はまったく、だれにも意外なものであるに違いありません。正直にいって、はじめて見たとき、私じしんがギクッとしました。(中略)門をくぐって入ったとたん、目の前に、胸高いところまで盛りあがった白砂のひろがりが、ドカンとたちふさがっています。ところせましといった感じです。古寺とか庭とかいう、尋常な期待でここに来たものは、とまどわされる。しかも、その右がわには、さらに一だんと高くきわだって盛り上がった、白砂のすりばち山が対応してひかえています。庭全体を抱いている東山の木々、そのやわらかく沈んだ緑と、ややあらあらしいまでの砂の白さとは、なにかチグハグな不協和音を発しています。(以下略)〉銀閣寺の「向月台」(すりばち山)と「銀沙灘」(石庭)は、その色彩においても、形態においても、尋常ではない異色・異様な景色を描出している。正に「チグハグ」、正に「不協和音」。 だがしかし、世界的な芸術家・岡本太郎の眼には、 ぼんやりと見過ごしてしまうであろう「銀沙灘」の「形状」「模様」も、 極め付きは、方丈(本堂)縁側から展望する「銀沙灘」と「向月台」、 白砂ばかりを見ていても解らない。 PR |
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