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2010 02,21 17:00 |
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アジア共通通貨圏は“最悪通貨圏”か 民主党のマニフェストでは東アジア共同体の構築をめざすとされています。また政権交代後において、鳩山総理の公式な演説を見ると、国連総会における一般討論演説や国会における所信表明演説でも東アジア共同体構想について言及し、さらにシンガポールで行われたアジア政策講演でもある程度時間を割いて触れられています。 ただしこれら演説からは東アジア共同体とはどのような共同体をイメージしているのか見当が付かず、2度にわたる世界大戦の教訓から成立した欧州連合がお手本であるという点、協力を積み重ねることでだんだんと姿が見えてくる点がわかる程度です。いずれにせよ具体的な姿が見られない以上、自民党政権下でも進められてきた東アジア共同体構想と同じなのか、根本的に違うかも見えてきません。 具体的なイメージはまだ見えませんが、ここでは東アジア共同体構想が協力の枠組みにとどまるのではなく、欧州連合のように政治的、経済的な統合まで視野に入れているとの前提で、経済的統合に絞って話を進めていきます。 興味のある方は、"つづきはこちらです"をクリック!
地域経済統合の専門家であるバラッサによれば地域経済統合には、以下の5つの段階があります。 (1) 構成国の間で関税など貿易に関する障壁が撤廃される自由貿易地域 欧州連合は、共通通貨が導入され、金融政策は各国調整の上で行われているため、経済同盟の段階にあると言えるでしょう。アジア共同体における経済的統合がどの段階までイメージされているかははっきりとは分かりません。ただし公式な場での演説などではありませんが、鳩山総理が「Voice」(2009年8月号)に寄稿した論文に「…やはり地域的な通貨統合、『アジア共通通貨』の実現を目標としておくべきであり…」とのくだりがありますので、共通通貨を導入した経済同盟まで視野に入っていると言えるでしょう。 共通通貨を導入すれば様々なメリットを享受できますが、中でも為替リスクがなくなることは特にアジア諸国と取引を行っている企業にとっては大きいでしょう。しかし共通通貨の導入にはデメリットもあります。 一橋大学教授で国際通貨制度が専門の小川英治氏は通貨統合の費用として、 (1) 通貨主権の放棄とそれにともなう金融政策の独立性放棄 そこで以下では小川氏の論考を参考に、金融政策の独立性放棄、後に説明します最適通貨圏を満たさない状況において通貨同盟を形成したことによって生ずる費用について詳しく見ていきましょう。 まず金融政策の独立性放棄ですが、加盟国の通貨が同一になるわけですから当然のことながら金融政策は加盟国全体として行うことになります。金融政策の目的としては、物価の安定や景気の微調整などがあります。全ての加盟国の中央銀行が金融政策に期待する方向で全体の金融政策が講じられれば問題は起こりませんが、ある国の中央銀行はインフレの抑制を期待しており、他の国の中央銀行は景気刺激を期待している場合、金融政策によって希望する目標を追求することができない国が出てきます。
また最適通貨圏を満たさないのにもかかわらず通貨同盟を形成したため生ずる費用、つまり、為替相場の調整による各国経済間の不均衡調整が不可能になるとの点についてです。 通貨同盟に加入すると、自国通貨は一定のレートで固定されます。しかし通貨が一定のレートで動かなくなると困ったことが生じ得ます。なぜなら各国は経済を営む上で、需要面におけるショック、供給面におけるショックに直面しており、これらショックが対称的でないことがその理由です。 例えば2国間(A国とB国とします)において、A国が生産する財からB国が生産する財に需要がシフトしたとします。その場合、A国の生産は減少、B国の生産は増加します。そして両国が完全雇用の状況であるならば、A国では失業が生じ、B国ではインフレ圧力が生じます。しかし為替レートが変動すれば、最終的には両国の生産は元に戻る方向で推移します。これは為替相場が有する、非対称なショックがもたらす不均衡調整機能による結果と言えます。 しかし通貨同盟の形成によりA国とB国の為替が固定されてしまうと、このような不均衡は調整されず、A国では失業が生じ、B国ではインフレ圧力が生じた状態が続くことになります。経済が直面するショックにはこのような需要ショックもあれば、供給ショックもありますが、通貨同盟への加盟国が非対称なショックを受けるごとに、調整されない不均衡が発生することとなります。 しかし通貨同盟が最適通貨圏である地域内の国々で構成されていれば、調整されない不均衡が生ずるリスクが小さくなります。 最適通貨圏は共通通貨の導入に最も適した地域であると定義されます。最適通貨圏の条件は様々な経済学者により提唱されていますが、小川氏は、 -----の3つにまとめています。 第一のショックの対称性については、共通通貨圏の国々が対称的なショックに直面するのであれば、経済に生ずる現象も対称的であり、そもそも不均衡が生ずることはありません。
第二の経済の開放度については、スタンフォード大学教授で国際金融論が専門のマッキノンが主張した条件であり、共通通貨圏の国々の経済が開放的、例えば域内の生産に占める貿易財の比率が大きい場合においては、為替による不均衡の調整機能がなくても、財の輸出入によって不均衡が調整されることが期待できます。 例えば共通通貨を導入した2国(A国とB国とします)において、A国の財からB国の財へ需要がシフトしたとします。このような需要ショックが生じた場合、まずはA国の需要が減少、B国の需要が増加して、A国については生産減及び失業が生じます。 しかし経済の開放度が高ければ失業は為替以外の方法で調整されます。需要が高まったB国では価格が伸縮的に動くスパンで見れば財の価格が上昇しますが、A国では財の価格が低下します。そしてこれは二国間の相対価格を変化せしめ、A国からB国への輸出が生じ、最終的にはA国で生じた失業は解消されるわけです。 第三の労働の移動性はコロンビア大学教授でノーベル経済学賞を受賞したマンデルが主張した条件で、共通通貨を導入した国の間を労働者が自由に移動できる場合に満たされます。例えばA国で生産性が低下するショック、B国で生産性が高まるショックが生じたとします(下の図を参照してください)。 この場合、A国の供給曲線は左方にシフト、B国は右方にシフトして、A国では生産が低下して、さらには失業が生じます。そしてこの場合はA国における財の相対価格が上昇してしまうので、財の輸出入による調整は期待できません。しかし労働が自由に移動できれば、失業した労働者がB国に移動することで、調整がなされることとなります。
第一の条件であるショックの対称性ですが、Bayoumi, Eichengreen and Mauro(2000)は、1969~1996年の30年間における東アジア諸国における総供給ショックの相関を明らかにしています。 これによれば、日本についてはASEAN主要国との相関がマイナスあるいはゼロに近く、ショックが対称的ではないとの結果が出ています。 次に第二の条件である経済の開放度については、生産に占める貿易財の比率が高い国はあるのですが、日本を始めとしてそれほど比率が高いとは言えず、域内全体を見ると条件を満たしているとは言えないでしょう。
また第三の条件である労働の移動性については一番ネックとなる条件でしょう。現在においては労働を目的とした入国が厳しく制限されているため、外国人労働者はごく少数にとどまっています。もちろん共通通貨を導入する前には欧州のように域内の生産要素の移動が自由になることは間違いないので、現在のような制度上の移動制限があるとは考えられません。 しかし移動制限がないからといって労働移動が自由であるとは限りません。第一に国ごとに主要産業が異なることと、産業間の移動にはコストがかかる点を考慮する必要があります。 繊維産業が盛んな国で失業が発生した一方で、半導体など電子産業が盛んな国で労働力不足が生じた場合を考えてみてください。移動制限がないからといって、それらの国を労働力が移動することは簡単ではありません。一から職業訓練を行う必要が出てくるため、多くは国にとどまり繊維産業において求職するでしょう。同じ製造業でもこのような問題が生じ得ますが、農業国から工業国への労働移動はさらに難しいことが容易に予想されます。アジア諸国は欧州諸国に比べて産業が多様ですので、この問題は深刻でしょう。 第二に言語が異なるという問題があります。自分の国で母国語で仕事をする場合であれば熟練労働者として複雑な仕事ができる人が、外国で外国語で仕事をする場合には、周囲との意思疎通が困難となり、言葉をあまり用いなくて済む単純な仕事しかできなくなるということも多く発生します。 欧州では共通言語として英語を自由に操れる人も多く、欧州言語を複数習得している人は珍しくありなせんが、アジアにおいては英語を操れる人はそう多くなく、アジア言語を複数習得している人は珍しいのが現状です。さらにアジア諸国おいては文化や習慣の違いが欧州諸国と比較して大きな状態です。 以上のように労働移動の自由度について、アジアは欧州と比較して厳しい状態にあると考えられます。また、欧州においてでさえ、労働移動が活発ではないというのが現実です。 以上のような点から、経済学的な観点からはアジア地域を最適通貨圏と考えることには無理があります。鳩山総理は「友愛の精神」を持って、東アジア共同体構想を進めるとしていますが、理念だけでことを進めてしまうとデメリットばかり大きな最悪通貨圏になってしまう危険があります。 <参考文献> Bayoumi Tamim, Barry Eichengreen, Paolo Mauro (2000) “On Regional Monetary Arrangements for ASEAN” Journal of the Japanese and International Economies 14, pp.121-148. 小川英治(2002)『国際金融入門』日本経済新聞社 PR |
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